創発教室 楽屋裏話 “進化思考”をデータサイエンスに活かす 講師:太刀川 英輔 氏

ブレインパッドは、2023年11月1日に、人事戦略ストーリー「BrainPad HR Synapse Initiative」を発表しました。この戦略の特長の一つである独自の研修体系の中から、研修の目玉の一つである「創発教室」の講師陣とのアフタートークについて、今期(2025年6月期)から新たに人事を担当する執行役員を聞き手にお届けしてまいります。今回の講師は、デザインファームNOSIGNER 代表の太刀川 英輔さんです。

太刀川 英輔氏プロフィール 
明日の希望につながるプロジェクトを手掛けるデザインファームNOSIGNERの代表として、気候変動の緩和や適応、再生可能エネルギー、防災、地域活性など社会課題を扱う数々のプロジェクトを手がける。産学官の様々なセクターの中に変革者を育むため、生物の適応進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」を提唱し、人文科学分野を代表する学術賞「山本七平賞」を受賞。ベネッセ教育研究所の「高等教育の未来を考える会」座長を務めるなど、創造的な教育の普及を進める。
建築、プロダクト、グラフィックなどの高い表現力を発揮するデザイナーとして、グッドデザイン賞金賞、アジアデザイン賞大賞、ドイツデザイン賞金賞をはじめ、国内外で100以上のデザイン賞を受賞。また、ACC賞審査委員長をはじめ、グッドデザイン賞、DFAA(Design for Asia Awards)、WAF(World Architecture Festival)等の審査員を歴任する。
2021年には日本で最も歴史ある全国デザイン団体JIDA(日本インダストリアルデザイン協会)の理事長に歴代最年少で就任し、世界デザイン会議の34年ぶりの日本開催などに貢献。2023年からは国連の諮問機関であるWDO(世界デザイン機構)の理事を務める。
主なプロジェクトに、OLIVE、東京防災、PANDAID、山本山、横浜DeNAベイスターズ、YOXOなど。著書に『進化思考』(海士の風、2021年)『デザインと革新』(パイ インターナショナル、2016年)。

「何がわかっていないのか」のほうが重要

紺谷
本日は、素晴らしい講義をありがとうございました! 太刀川さんの前で言うのは勇気が必要ですが、私自身は内向的で、考えることが非常に好きなんです。それに付随した話ですが、私は一般的な水準よりも深くまで把握しないと「わかった」と思えないタイプの人間で、ビジネスの世界では生きづらさを感じているようなところがあります。「わかる」とは、私なりに言語化すると「構造に気づくこと」ではないかと思っています。そういった中で、まず伺いたいのが、業務の整理をする、新しいビジネスをつくるといった場面など「わかる」までに時間的な制約がある中で「変異」と「選択」にどのように時間をかければ良いのか。採りうる方針・方略があればぜひお伺いしたいです。

生物の進化を図式化した「適応進化のループ」

太刀川さん
紺谷さんがおっしゃったことで重要なのは、ある人にとってはわかったつもりになっていることが、他の人にとってはそうではないことはよくある、という点です。つまり「まだわかったことになっていないので、もっと深掘りたい」「わかっていない部分はどこなのかを探求したい」ということこそが、何かをわかっていくプロセスだと思います。究極のところ、何事も完全にわかることはないと思いますが、わかっていないことに目を向け続ければ、わかっている範囲を拡大していくことはできる。そうすると、何かをわかっていることよりも、何がわかっていないのかにいち早く気づくことがずっと重要だということになります。

たとえば「私は車に詳しい」と言った際に、実際詳しいのは車の種類だけ、という場合があります。しかし「私は車に詳しい」と言っているエンジニアであれば、まったく別の見方をしているだろうし、高級車を富裕層向けに販売している人はまた違う見方をしている。運転がうまい人もまた別の見方をしている。それぞれ詳しいと言っているし、それは間違いではないんですね。だから「車に詳しい」が何百種類も存在する。そして、あるところまで「わかる」と、そこで視点がロックされてしまうこともあるんですね。

そのため「いかに私は車に詳しくないか」に戻れるかが重要になります。これは常に素人に戻れる状態とも言えますが、それをすることで穴だった部分が埋まっていく。それでもなお、わかろうとすればするほどわからなくなっていくのが面白いんですよね。敬愛する解剖学者の養老孟司さんも「世の中には分ければ分けるほど、わからなくなっていくことがある」と述べていらっしゃいました。もちろん、分ければ分けるほどわかるようになっていくこともあるんですが。

紺谷さんの質問に戻ると、わからない部分にいち早く気づくことが重要ということだと思います。そういった意味で、上記の適応進化のループや、下に紹介する時空間観察のそれぞれの軸で物事を見ることで、わからない部分にいち早く気づける。実はこの4つにおいては深みが大事だというよりは、網羅性のほうが大事でもあると思うんですね。要するに、ある程度リテラシーを上げる意味では、網羅的に一通り見ることが非常に役に立つ。先ほど紺谷さんがおっしゃったように、何かがわかるというのは構造に気づくことだという点は、私も本当に賛成です。その上で、構造と構造を重ねる思考ができるようになることが非常に重要で、枝葉の知識の部分は構造に宿るようについてくるものだと思います。

紺谷
網羅的に見ることが大切なんですね。

太刀川さん
そうだと思います。何かを見ようとしたときに、見やすいところから見てしまうから、別の方向からの視点がごっそり抜けてしまうんですね。だから内部も知っている、外部も知っている、過去からの種類も知っていて、こういう文脈が大きくあるんだということを理解した上で未来を見据えると、物事について知っていく上での時間の使い方の効率が非常によくなると思います。

時空間観察

これらを網羅的に見れている状態で「変異」を考えると、何が今までなされてきたかも理解しているし、その中で変えられそうなものに勘が働き、これから出てきそうな技術にも鼻が効くし、ユーザーはどういうものを求めているのかも、後出しジャンケンのように、「ここは可能性あるよね」と、仮説にあたりがつきやすくなる。また、自分は詳しいつもりだったけど、この方面についてはさっぱり見たことがなかったという新しい視点にも早めに気づけると思います。それが観察の奥行きを上げることにつながっていくと思います。

進化と創造の螺旋を上げるための肝は「観察」

紺谷
私なりの理解では、進化思考の本質の一つが「繰り返す」ということなのかなと思いました。何かの観点ですごいアイデアを出そうとしたときに、変異と選択の回数を増やすことが重要になってくる。

太刀川さん
基本的に観察が行き届けば行き届くほど範囲が狭くなるので、あまり観察せずに変異をしたり、変異と選択を繰り返したりすると、なかなか進化と創造の螺旋が上がっていかない。少しずつ上がる感じになるんですが、観察で先に当たりがつけられると、高いゴールに目がけてアプローチできるのでかなりショートカットできるんですよね。

進化と創造の螺旋

だから慣れれば、いきなり高い場所に投げ込めるようになります。これはスポーツでも、いろいろなシュートの打ち方があるけど、上手くなりたいならやっぱり観察をしっかり最初にやるのが非常に有効だ、という話です。かといって、観察をやり切ったから挑戦しなくてもいい、とはならないですよね。どこかで、もうしっかり調べ切ったので、四の五の言わずにやるしかないかという段階が出てくる。

観察の目を持った上で何かをつくってみると、改善するスピードも上がります。つくり方も、これまでのベストケースも、世の中で求められる状況も、つくったらどうなるかもプロトタイプで見えている状態で、改善点を洗い出すのは簡単ですよね。そうすると、次の1周が早くなる。だから、実はそのループのスピードを上げることにも観察が寄与するし、ループの確度を上げることにも観察が寄与する。けれども、往復しなければいけないのは確かで、やっぱり人は観察にかまけると新しい挑戦がしにくくなる。

挑戦はしなければいけない前提に立ち、新しいけど必然性がある、事象を概念化するコンセプトとして名前をつけてあげる。そのことによって、新しい概念が扱えるようになり、さらにディテールを培っていく視点を持つと、創造の当たりくじを引きやすくなると思います。

データサイエンティストにこそ、社会の生態系を理解してほしい

紺谷
私はデータサイエンティストとして働いていた期間が長いのですが、データサイエンスを社会実装するとか、ビジネスインパクトを生むという観点においてさえ、業務プロセスを理解する必要があると心底実感しています。運用可能性や実行可能性を著しく欠いてしまっては、ビジネスインパクトを生み出せない。まさにその話なのかなと思って伺っていたところでした。

太刀川さん
おっしゃるとおり。データサイエンティストの立場だと、まさに社会の生態系が理解できていないと、どこに当たりに近いデータが落ちているのかもわからないですもんね。

紺谷
そうなんですよね。おっしゃったようなことが、経験豊富なデータサイエンティストと、そうではないデータサイエンティストの大きな差になって出てきます。そして、最終的なアウトプットとしては、ビジネス上のアクションの提言にならないと価値は生まれないので、実行可能なものかどうかを考える必要があります。それを、お客さんの望む粒度で提言できるかというのが非常に重要な話だと思います。

太刀川さん
本当にそうです。だからデータサイエンティストの皆さんが、データの見つけ方の参考としてうまく読み解いていただけると嬉しいです。拙書『進化思考』は、なぜかITエンジニア本大賞の特別賞をもらっているんですよ。全然ITの本じゃないのになんでだろうと思ったのですが、まさに紺谷さんのようなお考えの審査員の人たちに、使えると思ってもらえたんですね。本当に、観察の軸はいろいろなところで使えます。特に切り口を見いだすのは、私達デザイナーもやっているけど、データサイエンティストも間違いなくやっていますよね。

紺谷
今回の講義の話を通して、非常に大きなヒントをいただいたと思っています。私は人事部門に移って、人事業務の効率化に取り組んでいこうとしていますが、ここで得られたアイデア、やり方を試してみたいなと思っています。

太刀川さん
ありがとうございます。やっぱり企業の中の人が創造的になってほしいと思っています。日本はそれでしか変わらない国だという気がしていますので、まさにブレインパッドさんや、この記事の読者の皆さんも、ぜひ創造にチャレンジしてほしい。ひょっとしたらみなさんがが培ったもので、僅かな一歩によって何かを大きく変えられるかもしれません。「進化思考」がそんなチャレンジする人の武器になればいいなと思っています。

紺谷
本日はありがとうございました。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

太刀川さんの講義内容や、ブレインパッドにご興味をお持ちいただいた方は、ぜひ以下をご覧ください。

■太刀川さん関連情報
進化思考増補改訂版
デザインノート
NOSIGNERの公式HP


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