巨大地震発生時の「未治療死」を防げ! ブレインパッド×日本医科大学の災害医療プロジェクト

ブレインパッドは、日本医科大学とともに、首都直下地震や南海トラフ地震などの巨大地震が発生した際に、医療資源の不足により発生する「未治療死」を防ぐための共同研究を行いました。研究の成果は2021年1月放映の「NHKスペシャル」にも取り上げられるなど、各方面に大きな影響を与えるプロジェクトとなりました。
本ブログでは、プロジェクトに関わったメンバーとともに、その詳細をレポートします。


日本医科大学との共同研究の成果が「NHKスペシャル」で放映

私たちブレインパッドは、クライアント企業から受託するプロジェクトのほかに、当社のデータ活用力・技術力を生かした社会貢献につながるような活動も行っています。これらの活動は、ブレインパッドの経営理念である「データ活用の促進を通じて持続可能な未来をつくる」上で欠かせない取り組みと言えます。

その一つとして、ブレインパッドが学校法人日本医科大学と1年間にわたり行った共同研究の成果は、2021年1月17日(日)放映の「NHKスペシャル」で取り上げられるなど大きな反響を呼びました。

その研究テーマとは、首都直下地震や南海トラフ地震などの巨大地震発生時における「未治療死」のシミュレーションです。プロジェクトに参加したブレインパッドメンバーのコメントを交えながら、本プロジェクトの詳細をレポートします。

(左から長谷川 崇、太田 満久、加藤 圭、小林 保奈美)

大震災発生時の隠れたリスク「未治療死」を防ぐ共同研究プロジェクト

未治療死とは、災害発生後に医療従事者や病床等の医療資源の不足により、治療が満足に行われないまま死亡に至ることを指す言葉として使われています。1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災においても実際に発生したと言われています。

現在日本では、今後30年以内に80%程度の確率で起きると言われる南海トラフ地震に備えて様々なシミュレーションが行われていますが、未治療死の発生についてはほとんど試算されていません。震災発生時の隠れたリスクと言える未治療死を防ぐため、日本医科大学 布施 明 教授の研究グループは未治療死とその対策を研究しています。

未治療死がどれだけ発生するかを予測するには、震災発生後、各地で時々刻々と発生する患者の数はもちろんのこと、彼らを搬送する救急車や、受け入れ先の病院・病床、処置を行う医療スタッフのキャパシティ等を考慮する必要があります。これらの複雑に絡み合う要素を加味しながら精度の高い試算を行うには、数理計算に基づいた緻密なシミュレーションが必須となります。そこで布施教授は、こうした分野を得意とするブレインパッドを共同研究のパートナーに指名しました。

大震災発生時の被害を最小限に留めること、また、その対策を練るための材料となるシミュレーションに技術を投入することは、社会的に大変価値のあることです。私たちブレインパッドはこのように考え、布施先生からの依頼を共同研究プロジェクトとして受託することを決定しました。

総勢12名のメンバーのほとんどが自ら志願してプロジェクトに参加

今回のプロジェクトに携わったブレインパッドメンバーは総勢12名。ほとんどのメンバーが自ら挙手する形でプロジェクトに参加しました。
それではここから、主要メンバーへプロジェクトに参加した理由を聞いてみたいと思います。

入社4年目の長谷川 崇は、未治療死者数の予測を行うシミュレーター開発を主導するなど、開発のキーマンとなってプロジェクトを推進しました。前職は民間の宇宙開発関連会社でデータ分析などを担当していました。

アナリティクス本部 データサイエンティスト 長谷川 崇

⮚ 長谷川コメント
「私は前職でシミュレーターの開発をしていたので、その経験が活かせると思いプロジェクトに応募しました。災害医療の現場では、患者の重症度や医療資源の有無によって医療処置の方法に複数のパターンが生まれるので、それをどうシミュレーターに落とし込むかがポイントになりそうだなと感じました。」

入社2年目の小林 保奈美は、シミュレーターに入力するデータの収集や、シミュレーター開発の一部工程を担当しました。

アナリティクス本部 データサイエンティスト 小林 保奈美

⮚ 小林コメント
「私は大学時代に医療関連の研究に携わっていたので、ブレインパッドでいつか医療分野のプロジェクトに関われたらいいなと思っていました。公募のお知らせを聞いた時には、“こんな活動もあるんだ!ぜひやってみたい!”と思いました。」

研究プロジェクトのメンバー募集は社内メールや本部会議の場で告知され、スキル、社歴に関わらず、誰でも自由に応募することができます。この仕組みについて、ブレインパッドのCDTO(Chief Data Technology Officer)であり、自らもプロジェクトメンバーとして参加した太田 満久に聞いてみました。

ブレインパッドの研究プロジェクトは、意欲さえあれば誰でも参加できる

CDTO(Chief Data Technology Officer) 太田 満久

⮚ 太田コメント
「研究プロジェクトはまだ世の中に広まっていない新技術を試すことも多く、組織あるいは個人の技術力を向上させる機会として大変貴重です。ですから、研究プロジェクトへの応募に関して直属の上司やマネジャー陣がストップをかけることはほとんどありません。
むしろ、応募した社員の負荷が大きくなり過ぎないよう、クライアントワークを含めてアサインの調整を行っています。以前は公募をかけてもメンバーが思うように集まらないこともありましたが、最近では積極的な応募が多く、マネジャーの立場として嬉しく思っています。」

シミュレーターには災害医療の特性をふまえた各種機能を搭載

こうして、社内公募により集まったメンバーが中心となり、未治療死者数の予測を行うシミュレーターの開発がスタートしました。シミュレーターには本案件ならではの創意工夫が施されています。順番に解説していきましょう。

Point1:「離散事象シミュレーション」の技術を利用

本案件のシミュレーターには「離散事象シミュレーション」の技術が利用されています。
この技術は、店舗のレジでの待ち時間や工場の生産ラインでの製造効率など、有限なサービスのもとで発生する混雑現象を分析・評価するためのシミュレーション技術です。災害により傷病者が大量発生した際に、医療資源がどれぐらいひっ迫するかを予測する今回の案件には最適な技術と言えます。

Point2:災害医療における「トリアージ」の考え方を反映

災害医療の現場では、傷病者の緊急度や重症度によって搬送や治療の優先度を決めるトリアージが行われます。今回開発したシミュレーターにはトリアージの考え方が反映されており、患者の緊急度や重症度、病床やスタッフなど医療資源の有無によって、患者に行われる医療処置の優先順位が分岐するよう設計されています。医療処置がなされないまま一定時間が経過すると患者が死亡するものと想定し、これを未治療死者数として算出する仕組みとなっています。

Point3:「医療リソースのパラメーター化」で対策の立案が可能に

今回の研究では、未治療死者数を減らすための対策案の検討も行われました。そこでシミュレーターには、「救急車台数」「ヘリコプター台数」「病床数」「スタッフ数」「DMATのチーム数」などの医療リソースをパラメーターとして用意し、各パラメーターの増減により未治療死者数にどれぐらいの変化が出るのか試行可能なものとしました。
これにより、未治療死者数の抑制に効果が高いと思われる施策の検討をスムーズに行うことができました。


Point2、Point3については、災害医療が行われるプロセスや、震災発生時の対応ガイドラインをしっかりと理解し、シミュレーターに反映する必要があります。そこでブレインパッド開発チームは事前に布施教授に綿密なヒアリングを行い、災害医療の前提知識を習得しました。

未知の分野、未知の領域のことであっても、内容をしっかりと理解しプログラムのコードに置き換えていく作業は、まさに技術者たちの腕の見せどころです。

学会での発表、論文投稿を経て、プロジェクトは新たなフェーズへ

5カ月ほどの開発期間を経て、未治療死者数の予測シミュレーターは完成しました。シミュレーターが算出した予測データに基づき、布施教授の研究チームは論文「災害医療シミュレーション・システムを用いた首都直下地震の発災後死亡を効果的に減少させるために必要な施策の検討(仮)」を書き上げ、また、2020年11月18日開催の第48回日本救急医学会総会・学術集会において「シミュレーションを用いた首都直下地震における災害医療対応の検討」というテーマで口頭発表を行いました。

そしてこの後、プロジェクトは新たな展開を迎えます。NHK番組プロデューサーから布施教授のもとへ、震災をテーマにした「NHKスペシャル」の番組製作に協力してほしいとの打診があったのです。

依頼内容は「南海トラフ地震が発生した場合、西日本を中心とする各地にどれだけの未治療死が発生するか予測してほしい」というものでした。さらに「予測においては現在のコロナ禍の影響も加味してほしい」という注文もありました。

南海トラフ地震&コロナ禍で発生する「未治療死」を防げ!

布施教授の研究チームとブレインパッドは協議の結果、南海トラフ地震により発生する未治療死者数のシミュレーションを新たに行い、その結果を「NHKスペシャル」に提供することにしました。

新たなシミュレーションでは新型コロナウイルス感染症の影響を加味するため、シミュレーターには「医療資源のコロナ対応割合」のパラメーターが新たに追加されました。これにより「医療資源の30%がコロナ対応に割かれた場合、未治療死者数は何人増加するか?」といったシミュレーションが可能となりました。

また、前回のシミュレーションは首都直下地震を想定し、東京都のみを対象範囲としていましたが、今回は大阪、兵庫、高知、徳島、愛媛など、南海トラフ地震の影響を大きく受ける府県が対象範囲となりました。そこでプロジェクトメンバーは手分けをして、各自治体や機関が公表しているオープンデータの収集にあたりました。

データ収集を担当した入社3年目の加藤圭に、この時の作業を振り返ってもらいました。

アナリティクス本部 データサイエンティスト 加藤 圭


「南海トラフ地震で発生する重傷者数の予測は、各府県がデータを公表しているので収集は容易でした。でも、各府県の災害指定病院が保有している病床数などは、まとまったデータがなく収集が大変でした。ひとつひとつ病院のWebサイトをチェックするなどの調査を行いました。」

「NHKスペシャル」に続き、関西テレビでも研究成果が放映

新たに行われたシミュレーションの結果は、2021年1月17日、NHK総合テレビにて放映されたNHKスペシャル「巨大地震と“未治療死”~阪神・淡路から26年 災害医療はいま」にて紹介されました。
「南海トラフ地震の発生により、高知県では未治療死者数が1万人を超える」という衝撃的な予測結果は、各方面に驚きを持って受け入れられました。

放送後、布施教授の研究メンバーは関西テレビからも新たな取材依頼を受け、その模様は2021年3月8日放映の「報道ランナー 防災SP 揺れる災害医療 コロナ×巨大地震」にて紹介されました。
このように、今回の研究は大震災発生後の未治療死のリスクを広く一般に知らしめるきっかけになったようです。

ブレインパッドは、数理最適化、強化学習等を組み合わせ、より実効性の高い災害対策に貢献します

プロジェクトレポートの総括として、シミュレーター開発を担当した長谷川に、今後のプロジェクトの展望について話を聞きました。

⮚ 長谷川コメント
「今回行ったシミュレーションは数理最適化と呼ばれる技術と親和性が高いので、これを組み合わせることでまた別の成果創出が可能となります。例えば、大きな地震が発生し被災地に向けて他の都道府県から医師の部隊を派遣するような時、どのエリアに何名医師を派遣するとより効果的か、といったシミュレーションが可能となるはずです。
数理最適化以外にも強化学習などの最新技術との組み合わせにもトライし、より実効性の高い災害対策に貢献していきたいと思います。」

2020年初頭からおよそ1年間にわたり、ブレインパッドが携わってきた研究プロジェクトについてご紹介させていただきました。

ブレインパッドはこれからも社会的意義の大きな研究に積極的に協力していくことで、経営理念である「データ活用の促進を通じて持続可能な未来をつくる」を実践していきます。



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